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労働法の基礎知識

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会社からの損害賠償請求

会社からの損害賠償請求権

企業が、雇用している従業員に対して、損害賠償請求する場合があります。


原則として、契約の不履行により、または故意・過失によって他人に損害を生じさせた場合、損害賠償の義務を負うことになります。
ただし、労働基準法では、全額支払の原則があり、賃金との相殺に制限を定めております。


労働基準法第16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
労働基準法第17条
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

上記の規定は、あくまで労働契約の不履行の場合に限定されていること、および、予め、前もって定めておいてはいけない、という趣旨であって、損害賠償請求すること自体を制限しているものではありません。


よって、使用者としては、民法の規定により、労働者が労働契約上の債務を履行していないとして、債務不履行による損害賠償(民法第415条)を請求するか、故意・過失によって損害を与えたとして、不法行為による損害賠償(民法第709条)を請求することになります。


例えば、会社のお金を横領した場合や、競業避止義務違反などの故意で悪質な事案については、当然ながら、その全額について損害賠償責任を負うことが原則です。


しかし、労働過程において通常発生することが予想される損害については、損害賠償を従業員に求めることは難しいと考えられます。

なぜなら、事業活動というのは、常に損害が発生する危険を伴うものもありますので、労働者が使用者のために、その指揮命令によって業務を遂行し、その過程で発生した損害のすべてを労働者が弁償しなければならないとするのは、あまりにも労使間の公平性を欠きます。

これは、業務命令自体は会社が決定しているのですから、労働過程に内在するものとして、事業活動において利益を得ている使用者は、その収益活動から生ずる損害については責任を負うのが公平であるとする「報償責任」の法理によって、会社の損害賠償及び求償権の行使を一定の割合で制限しようとするものです。

会社は、監督者や指導者の配置や指導教育などによって、その損害を最小限にしたり、任意保険に加入するなどして、リスクを分散することが可能だからです。

また、使用者が労働者に対して金銭賠償を求めることは、使用者(企業)と比べて資力の乏しい労働者にとっては過酷すぎることから、信義則に基づく 「責任制限法理」も考慮されています。


そのため、通常は、生じた損害の1割~5割の範囲に、責任が制限されます。

その減額割合の判断については、一律の判断基準は無く、裁判の場合には、労働者が行った加害行為の態様、労働者の地位・職責・労働条件、加害行為の予防や損失の分散についての使用者の対応のあり方等、様々な諸事情の一切を考慮して判断されます。


茨城石炭商事事件(最高裁小判 昭和51年7月8日判決)
特命により臨時的にタンクローリーを運転していた従業員が、前方注視不十分等の過失により、先行車に追突するという交通事故を起こした事案。
使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解するべきである。
※この事例では、会社が従業員に損害賠償をすることはできるとした上で、労働者に対し賠償及び求償しうる範囲は、信義則上損害額の4分の1を限度と判断しました。

ガリバーインターナショナル事件(東京地裁 平成15年12月12日判決)
客に車両を販売する際には代金全額が入金されてから納車するのが中古車販売の基本ルールであることを熟知しながらも、店長はこれに反し、取引先にだまされて、入金がまったくない段階で、短期間のうちに次々と商品の車両を引き渡し、結果、15台の価格相当額の損害を生じさせた事案。
※この事案では、店長の重過失を認め、賠償の責任範囲を2分の1としました。

株式会社T(引受債務請求等)事件(東京地裁 平成17年7月12日判決)
消費者金融において、支店長が営業目的達成のために、違法な紹介屋から借入希望の顧客の斡旋を受けて不適切な融資を繰り返し、多額の損失を生じさせたという事案。
回収に支障をきたす危険性を知りながら関与した行為は雇用契約上の債務不履行に該当し、また、故意または過失により、違法に原告の営業に損害を与えたものとも評価できる。したがって、被告の不法行為が認められる。
※この事案では、賠償責任は過失相殺ないし信義則の見地から制限されるとして、厳しいノルマを課せられていた事情や全国展開している国内最大手企業であるという事情が考慮され、賠償すべき範囲が損害の1割のみに制限されました。

損害賠償請求権と給与債権との相殺の可否

会社からの損害賠償請求として、支払うべき給与(賃金)との相殺を主張される場合があります。

一方、労働基準法においては、以下のような賃金支払いの原則が定められています。


労働基準法24条1項
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

この点について、最高裁は、以下のように判示し、給与(相殺)との相殺は認められないとしています。


関西精機事件 最高裁 昭和31年11月2日判決
使用者が労働者の債務不履行(業務の懈怠)を理由とする損害賠償請求債権と賃金債権との相殺を行った事案。
要旨:
労働基準法24条1項は、生活の基盤である賃金の全額が確実に労働者の手に渡らせるための定めであり、相殺禁止の趣旨を含んでいるものと解される。

日本勧業経済会事件 最高裁 昭和36年5月31日判決
使用者が労働者の不法行為(背任)を理由とする損害賠償請求債権と賃金との相殺を行った事案。
要旨:
労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働基準法第24条第1項が、賃金は同項ただし書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、上にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。しからば同条項は、労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであっても変わりはない。

試用期間中に退職した場合には研修費用を支払うという定めは許されるか??


資格・免許の取得費や前借りなどのように、その性質や内容によっては、雇用契約とは全く別の金銭消費貸借契約として有効に成立していると認められる場合は有効ですが、判例上、仕事に従事するにあたって受ける社内研修の費用というものは、会社が負担するべきものであり、支払義務を従業員に課することは無効とされています。

サロン・ド・リリー事件 昭和61年5月30日 判決
「たとえ一人前の美容師を養成するために多くの時間や費用を要するとしても、本件契約における指導の実態は、いわゆる一般の新入社員教育とさしたる違いはなく、このような負担は、使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認めがたく、しかも、本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪うことが明らかであるから、結局本件契約は、労働基準法第16条に違反する無効なものであるという他はない。」

ただし、会社が従業員から同意を得て相殺を行う場合、その同意が従業員の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する場合には,その同意に基づいた相殺は,賃金全額払いの原則に違反せず有効であると判断しています。

(シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件 最高裁 昭和48年1月19日 判決)
(日新製鋼事件 最高裁 平成2年11月26日判決)



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